読書で寝落ち

日々の読書記録です。

怪奇小説から平成を振り返る②~平成怪奇小説傑作集〈2〉 東雅夫 編

だいぶ間が空きましたが、引き続き怪奇小説で平成を振り返る短編集「平成怪奇小説傑作集」。全三冊のうちの2冊目を読んでいきます。
18編収録。

平成怪奇小説傑作集2 (創元推理文庫)

それぞれの感想を以下に。とても長いよ。

小川洋子「匂いの収集」

主人公の彼女が文字通り匂いの収集をするさまは客観的に見るとかなり偏執的。でも描写がフェティッシュで美しいのでかなりスイートに感じられる。収集物を集めた部屋も昔の博物館の陳列室の雰囲気があってこれもある意味フェティッシュ
その甘美さに違和感を誤魔化し続けた主人公が迎えるラストシーン、予想はできたけど迫りくる感じは結構怖い。

飯田茂実「一文物語集(244~255)」

恐怖のラフスケッチ。怖さの演出として「短い」ってかなり有効だと思っている。
吉田悠軌の「一行怪談」はこれに着想を得たのかな。

鈴木光司「空に浮かぶ棺」

平成ホラーの大スター登場にめちゃくちゃテンションがあがった一作。それを置いておいても主人公が棺のようなコンクリの空間に閉じ込められてしかも身の覚えのない妊娠をしていて物理/状況/心理の3面でものすごい閉塞感。

牧野修グノーシス心中」

耽美だなあと。主人公たちの取る虚無的なスタンスと圧倒的な血と暴力の圧倒的な肉体性のコントラストが鮮やか。
怖いと言うかラブストーリーのようだった。

津原泰水「水牛群」

これすごくいい話で意外だった。主人公がユラユラ酔ってるところから意味不明な事柄の起こる悪夢のような一夜。
葛藤や抑圧が嵐のような怒涛の一夜によって洗い流されたように信じられないくらい読後感がスッキリ爽やか。

福澤徹三「厠牡丹」

書き出しが怖くて良い。自他と現在過去が渾然一体になる不気味さ。それが毒親の残した一冊のしょうもない本がきっかけなのが厭感あり。

川上弘美「海馬」

なんとなく人魚だと思って読み進めてしまった。序盤は主人公の寄る辺なさや彼女を飼っている人間たちの身勝手さが描かれる。しかし人間とはベクトルが異なる彼女の思考が生々しさを軽減するのでぽつんと孤独だけが浮かび上がってくるようである。
主人公の血を一番強く受け継いだ娘が深夜のレンタルビデオ店でバイトしているシーン。エドワード・ホッパーの絵画のよう。ここでも浮き出る孤独がとても美しい。
海に還ってからダイナミックに描写が変化する。「人間」と「人外(海馬)」の違いを言葉に頼ることなく言葉で描いている。
すごい。

岩井志麻子「乞食柱」

既読作品だった。岩井志麻子の作品ってエロスとタナトスが混ざってて若干エロスが勝つイメージを持っているんだけど、この短編もそう。すごく死に近い場所で愉悦を感じているような、その感情自体への恐怖を描いているみたい。
破滅に向かっていても抗えないような甘さがある。

朱川湊人「トカビの夜」

この作品ををいま収録することに非常に意義があると思う。
少年期の優しさと残酷さと胸に刺さる棘のような後悔が沁みてチクチクするようだ。
数々の心霊現象の真相がわかる最後ね、弟の無垢さがね…。
あと差別意識の描写がリアリティある。お母さんとか特に。自分の子供が彼らと遊ぶときにいい顔をしない、というのと「あまりにお母さんが可愛そうだ」と泣き崩れる、という感情は同居できるのだ。人間らしいと思う。
彼のお母さんとお兄ちゃんが訪ねてきて魔除けの唐辛子をつるしてねっていうエピソードも胸が痛む。
 
あと絵に出てきたときに、君なにもその姿で出てこなくてもいいじゃないかとは思った。

恩田陸「蛇と虹」

少し難しかったが最終的に凶兆が散りばめられた不吉な詩のようなものとして読んだ。時間が逆流したり反芻されたりしているような未来の記憶の話。文体が美しいのでよく分からないながらも何回か再読していて楽しい。

浅田次郎「お狐様の話」

狐憑きの女の子を祓う話。浅田次郎さんの実体験もかなり混ざっているらしく、神社やその儀式などの描写にリアリティがあってかなり興味深く読んだ。特に狐との対決の前準備をするシーンは少年漫画的に熱い。かっこいい。
狐に憑かれた少女が両親に捨て置かれ宮司にももはやなすすべがなくなってしまうのが父親と祖父に守られている姉妹と対照的で切ない。

森見登美彦「水神」

こちらも以前読んだことがあったので再読。
しんと静かな闇の底に沈むような。「無音」のサウンドと冷たい温度を持った作品。
恐怖の仕掛けに琵琶湖疏水を持ってくるとは。それがこんなに怖いとは。

光原百合「帰去来の井戸」

この井戸の水を飲めば必ず帰ってこられるという「帰去来の井戸」をめぐる話。「帰去来」ってちょっと聞き慣れないと思って調べたら陶淵明が官職を辞して故郷に帰ってきたときに読んだ漢詩「帰去来辞」から来ているそうだ。
登場人物たちの会話が自然で柔らかく土地の雰囲気が伝わってくる描写。
光の海の向こうから船が還ってくるシーンが美しい。
モラトリアムを過ごしていた主人公が将来の道を決めるという怪奇小説のアンソロジーに入っているとは思えないほど爽やかなストーリーでこのまま教科書に載ってもおかしくない。
瀬戸内に行きたくなりますね。

綾辻行人「六山の夜」

五山の送り火をモチーフにした話。怖い。お盆に死者を冥土に送り返すという五山の送り火の由来があまりわかっていない(事実)のがそもそも怖い。
六山の送り火に主人公を送り出す妻の不自然さ。見物のため屋に集った後の不穏な出来事、その後に訪れる混沌。

我妻俊樹「歌舞伎」

上限800字以内の怪談公募賞のビーケーワン怪談大賞から。平成怪奇小説傑作選の編者の東雅夫、1に収録されている加門七海(「すみだ川」)、2に収録の福澤徹三(「厠牡丹」)が審査員。
この短編が非常に気持ち悪くて怖い。たどった糸がどこにもつながらないような恐怖を覚えたところでぷっつりと話が終わる。
「一文物語集(244~255)」のところでも書いたけど、短くて怖いってとても強いのだ。

勝山海百合「軍馬の帰還」

こちらもてのひら怪談から。子供の話す方言が温かい手触りを出している。
実話怪談とはちょっと違うけど、こういう事が本当にあったのだろうと感じさせる。戦後版の遠野物語と言うか民話的な味がある。

田辺青蛙「芙蓉蟹」

「私」が誰、というか何?と考えると面白い。
「ふようがに」だと思ったんだけど「フーヨーハイ」って読むらしい、ていうかかに玉のことらしい。初めて知った。

山白朝子「鳥とファフロッキーズ現象について」

ナゾの鳥の愛情がひしひしと伝わる。中学の時の友人が室内でニワトリのぴよちゃんを放し飼いにして非常に可愛がっていたのを思い出して微笑ましくも悲しい気持ちに。
名前をつけてあげたら良かったよね。本当に。

まとめ

1巻に比べると作品から昭和の残滓のような雰囲気が薄れて私の知っている「平成」になった。
その分怖さが身近に迫るような気がして個人的には1より怖い印象。
ベスト3は朱川湊人「トカビの夜」、我妻俊樹「歌舞伎」、川上弘美「海馬」。切ない、怖い、美しいの3編。
他の作品もどれも粒ぞろいで迷った。 特に「帰去来の井戸」。 読むタイミングが変わるとまた違うと思う。
 
引き続き、3巻も読んでいきます。今年のうちに書き終わるだろうか。