読書で寝落ち

日々の読書記録です。

怪奇小説から平成を振り返る③~平成怪奇小説傑作集〈3〉 東雅夫 編

ついにたどり着いた3冊目。怪奇小説で平成を振り返る短編集「平成怪奇小説傑作選」を読んでいきます。15編収録。
平成31年含む令和元年中には書き終われなかった…!

めちゃめちゃ長い。そしてちょっとネタバレがあります、注意。
それぞれの感想を以下に。

 京極夏彦「成人」

既読だった(「幽談」に収録)。いわゆる“実話怪談”についての考察と“実話怪談”風の語りとドキュメントの多層レイヤーで進む。小さな違和感をドキュメントに反映させるのがうますぎて。特に小学生の作文はすごい、気持ち悪さがあるのに引っかからなければ全然引っかからないのだろうなという絶妙ライン。
怪異のエロティックさもあり、端正なのに要素がもりもりの面白い小説。

高原英理「グレー・グレー」

ゾンビ譚。如何に彼女を腐らせないか、如何に敵に見つからず、如何に逃げきるか。ゲーム的な感覚を覚えた。そして主人公が見る景色の変容がゲームオーバー後の演出のように感じる。視覚的に強い。
それでいて全体的に美しいラブストーリー。風景の描写やゾンビ化した彼女がきれいだけど悲しい。すごいバランスだと思う。

大濱普美子「盂蘭盆会」

これは日々の暮らし方をとても丁寧に好ましく描いている分、ある一点に差し掛かったところですべてがグロテスクに転じる。
それがまたすべて日常に静かにぼんやりと戻るラストが怖い。
ただ一つ謎なのだけど、冒頭で朝子が帰ってくる描写がある。死者が任意のある一点を永遠に繰り返すなら帰ってきた朝子は何なんだろう。

木内昇「蛼橋」

このエントリで冒頭に乗せたツイートでも書いたけど、これもう泣いてしまってダメだった。
主人公の佐吉の人物像が行動や他の登場人物とのやり取りを通してしっかり浮かび上がってくるのがよい。人としての魅力に説得力があるから主人公をめぐる登場人物の心の繊細な動きがこちらにも伝わってきて、ちょっと動揺するほど心を揺さぶられた。
あとは不穏なキーワードが結構ちりばめられているので気付くと顛末は予想できるのだけど、それを越えてすばらしい作品だと思います。

有栖川有栖天神坂

ここまで美味しそうなものがずらずら出てくるゴーストストーリーは見たことない。
死んでるのにここまで美味しい料理を次々に出されたらなんかもうどうでもよくなっちゃうというかまあいっかという気持ちになるのはすごく分かる。
エロスと怪談は割と相性がよくてタッグを組むことも多いように思う。でも食欲ってまさに生きることなので、怪奇小説と組み合わせて情緒もありよい余韻を残しているのが新鮮だった。とてもよい。

高橋克彦「さるの湯」

東日本大震災の起こった2011年に発表された鎮魂の物語。
この小説でいいのは会話の部分で、特に最後の会話。現代の若者の友人同士の打ち解けた口調で死者もいま生きている私たちも確かに同じ場所にいたのにって思う。
恒川光太郎「風天孔参り」
何も持っていなければ風天孔の向こうもこちら側も変わりはないのではという話に読んだ。富士の樹海には実際にいろいろな集団が跋扈しているらしくリアリティがある。個人的には中年男性と女子大生の関係がちょっとなんというかナルシズムを感じて苦手な部分があったかも。

小野不由美「雨の鈴」

亡霊の進むルールにちょっとしたゲームっぽさがあっておもしろかった。
雨の日や街路の描写は美しくて不吉な存在がじわじわ迫り来る雰囲気は怖い。でも変な言い方するけどつい「どうやって攻略しようか」と考えてしまっている自分がいたり。

藤野可織アイデンティティ

これは笑う。人魚のミイラ工場の描写~ラストのミイラが我々に送るメッセージまでこんなの想像つかない。ミイラかわいい。
来歴と培われたそのアイデンティティがこちらには全く意味をなさないのと同時に確かなものがその人生において得られればそんなことはどうでもいいのだというような感想を持った。

小島水青「江ノ島心中」

江ノ島へのデートの様子がキラキラして怪異譚なのに甘くて瑞々しいが残った。
登場する石の描写が綺麗で。「底光りするみたいな、うまく言えないけど、冷たい、嘘のない色」

舞城王太郎「深夜百太郎(十四太郎、十六太郎、三十六太郎)」

十四太郎・十六太郎は三十六太郎の前座とも言えるほど三十六太郎が怖い。
舞城王太郎は昔読んだ「阿修羅ガール」にももう読み返したくないと思えるほど怖いシーンがあってそれはこの作品と同じ種類のような気がした。何というか情緒がない乾いた怖さというか。恐怖の純度が高いと感じる。

諏訪哲史「修那羅(しよなら)」

文体!主人公が舞台役者なのでこういう書き方なのかと思ったけど泉鏡花の文体模倣でもあるようで懐古趣味的というわけでもなく絶妙なバランスで癖になる。
山門をくぐったあたりからイマジネーションの爆発に凄みを感じた。死と性の距離の近さが2巻に登場した岩井志麻子を彷彿とさせもした。

宇佐美まこと「みどりの吐息」

所謂サンカの話かと思って読んでいたら本当に木なのが面白かった。
樹木に飲まれるっていうのはなんだか独特のロマンティックさ(言葉のチョイスが変かも…)があると思った。

黒史郎「海にまつわるもの」

違う場所で違う人間から語られる似たような怪奇譚は業が深いという話を聞いたことがある。
少しずつずれているけど同じことを書いているようなそうでないような不穏さ。もっと読みたい。

澤村伊智「鬼のうみたりければ」

一見うまく回っている風に見える家庭内に兆す不穏さの欠片がそこここに散りばめられていて、「あーこれ映画の『来る』みたい」って思ったら原作の「ぼぎわんが、来る」の作者の人と同じだった。原作は未読だけど、同じ波動を感じた。
疎外感の描き方が本当にうまくて薄氷を踏むようなヒリヒリしたイヤーな感じを読んでいる間ずっと受け続ける。何が真実なのか開かれた終わり方も好みだった。
何か底が抜けてしまったような崩壊をラストに迎えるこの短編がこのアンソロジーの最後でもあるというのは時代に対してどこか示唆的な選定だと感じる。

まとめ

平成は私の人生のほぼ大変を過ごしてきた時代だけど、この3集が一番肌感覚に近いように思う。
また粒ぞろいで選ぶのも野暮だけど前の2巻もやったのでマイベスト3。
舞城王太郎「深夜百太郎(十四太郎、十六太郎、三十六太郎)」※特に三十六太郎、木内昇「蛼橋」、黒史郎「海にまつわるもの」です。これも読んだタイミングで全然変わってくると思います。
 
3集通して読んだ感想。怪奇を自分と地続きのものと捉えている作品が多かったように思う。その延長として鎮魂の物語たちが心に強く残った。日常の隣に死者が在ると描くことで弔いとしているような。
これは平成に書かれた物語たちだからなのか、日本人の怪への接し方がそうなのかは分からない。
 
今回このシリーズを読むときに(または読んだあとに)他の人達がどう感じているのか気になっていろいろ感想を漁ったりしたのは楽しかったな。
個々の作品は勿論、アンソロジーとしての構成も素晴らしいので読み終わってすごく満足感のある読書だった。

平成怪奇小説傑作集3 (創元推理文庫)

平成怪奇小説傑作集3 (創元推理文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 文庫